マチカネフクキタル|1997年神戸新聞杯を勝った名馬|サイレンススズカを差し切り菊花賞へ
神戸新聞杯の歴代勝ち馬を振り返ると、ディープインパクト、オルフェーヴル、コントレイル、ゴールドシップなど、その後G1戦線で活躍した数多くの名馬が名前を残しています。
その中でも、1997年の勝ち馬マチカネフクキタルは、秋になって一気に才能を開花させた馬として強く印象に残っています。
マチカネフクキタルは、
1997年神戸新聞杯でサイレンススズカを差し切って勝利。
さらに次走の京都新聞杯も制し、最後は菊花賞まで勝利しました。
神戸新聞杯→京都新聞杯→菊花賞。
1997年秋に重賞3連勝で菊花賞馬まで上り詰めた姿は、今振り返っても非常に鮮烈です。
この記事では、1997年神戸新聞杯を中心に、サイレンススズカとの対決、京都新聞杯、菊花賞、血統、競走成績など、マチカネフクキタルの思い出を振り返ります。
2026年の出走予定馬、歴代勝ち馬、注目馬などは別記事でまとめています。
マチカネフクキタルとは?1997年菊花賞を制した名馬
マチカネフクキタルは1994年生まれの栗毛の牡馬。
栗東・二分久男厩舎に所属し、1997年秋に一気に重賞戦線の主役へと駆け上がりました。
通算成績は22戦6勝。
重賞勝ちはすべて1997年秋に記録しています。
- 1997年 神戸新聞杯
- 1997年 京都新聞杯
- 1997年 菊花賞
つまり、重賞初制覇となった神戸新聞杯からG1菊花賞まで重賞3連勝。
春のクラシックでは大きなタイトルを手にすることができなかった馬が、夏を越えて急成長し、秋には世代の頂点へ到達しました。
競走馬の成長力や勢いの大切さを象徴するような存在だったと思います。
1997年神戸新聞杯|マチカネフクキタルがサイレンススズカを差し切る
1997年9月14日、阪神競馬場芝2000mで行われた神戸新聞杯。
マチカネフクキタルは南井克巳騎手とのコンビで出走しました。
単勝2.9倍の2番人気。
1番人気に支持されたのは、後に希代の逃げ馬として競馬史に名前を残すサイレンススズカでした。
開催:阪神競馬場
距離:芝2000m
馬場:良
騎手:南井克巳
人気:2番人気
着順:1着
勝ち時計:2分00秒0
上がり3F:35秒2
2着:サイレンススズカ
レースではサイレンススズカがいつものように先頭へ。
一方のマチカネフクキタルは後方でじっくり脚をためました。
サイレンススズカが先頭のまま直線へ向かい、そのまま押し切るかと思われたところで、外から猛烈な勢いで伸びてきたのがマチカネフクキタルです。
最後はサイレンススズカを捉えて先頭でゴール。
勝ち時計は2分00秒0。
逃げるサイレンススズカと、後方から追い込むマチカネフクキタル。
対照的な脚質の2頭が直線で交差した、今でも印象深い神戸新聞杯です。
1997年神戸新聞杯結果
- 1着 マチカネフクキタル 南井克巳
- 2着 サイレンススズカ 上村洋行
- 3着 トウジントルネード 福永祐一
サイレンススズカは1番人気、マチカネフクキタルは2番人気でした。
後世の知名度だけを考えればサイレンススズカの方が圧倒的かもしれません。
しかし、この日の阪神芝2000mでは、マチカネフクキタルの末脚が一枚上でした。
神戸新聞杯のサイレンススズカとの対決が面白い
1997年神戸新聞杯を今になって振り返ると、非常に興味深い対戦だったことが分かります。
サイレンススズカはこの時点では、まだ後年のような「逃げて後続を寄せ付けない」というスタイルを完成させる前でした。
一方、マチカネフクキタルもまだ重賞未勝利。
つまり、この一戦に出走していた時点では、両馬とも後に競馬ファンから語り継がれる存在になる途中だったことになります。
その2頭が1997年秋の神戸新聞杯で対決。
サイレンススズカが逃げ、マチカネフクキタルが追い込んで勝利しました。
後から両馬の競走生活を知ったうえで映像を見ると、当時リアルタイムで見た時とは違った面白さがあります。
実はプリンシパルSでもサイレンススズカと対戦
マチカネフクキタルとサイレンススズカの対戦は、神戸新聞杯が初めてではありません。
1997年5月のプリンシパルステークスでも両馬は対戦しています。
この時は、
- 1着 サイレンススズカ
- 2着 マチカネフクキタル
という結果でした。
春のプリンシパルSではサイレンススズカが先着。
そして秋の神戸新聞杯では、今度はマチカネフクキタルが逆転しました。
同じ3歳世代の馬が春と秋で再戦し、着順が入れ替わる。
これも競馬の面白さのひとつです。
1997年日本ダービーでは7着
プリンシパルステークス2着から日本ダービーへ進んだマチカネフクキタル。
東京優駿では11番人気と評価は高くありませんでした。
結果は7着。
勝ったのはサニーブライアン。
皐月賞に続く逃げ切りで二冠を達成しました。
マチカネフクキタルはダービーではタイトルに届かなかったものの、勝ち馬との差は大きくありませんでした。
そしてダービー後、福島のさくらんぼステークスを勝利。
そこから夏を挟んで神戸新聞杯へ向かいました。
結果的には、この夏を境にマチカネフクキタルの競走馬としての評価が大きく変わっていきます。
神戸新聞杯から京都新聞杯へ|マチカネフクキタル重賞連勝
神戸新聞杯で重賞初勝利を飾ったマチカネフクキタル。
次走は1997年10月12日の京都新聞杯でした。
神戸新聞杯の勝利によって評価は大きく上昇し、ここでは単勝2.8倍の1番人気。
南井克巳騎手が引き続き騎乗しました。
開催:京都競馬場
距離:芝2200m
騎手:南井克巳
人気:1番人気
着順:1着
勝ち時計:2分13秒1
上がり3F:34秒2
神戸新聞杯では上がり35秒2。
そして京都新聞杯では上がり34秒2。
後方から脚を伸ばし、最後はパルスビートを差し切りました。
これで神戸新聞杯に続く重賞2連勝。
秋になって完全に本格化したことを印象づける一戦でした。
1997年京都新聞杯結果
- 1着 マチカネフクキタル
- 2着 パルスビート
- 3着 メジロブライト
このレースには、後に天皇賞(春)を制するメジロブライトも出走していました。
強力な同世代を相手に連勝したことで、菊花賞でも有力馬の一頭として注目されることになります。
1997年菊花賞|マチカネフクキタルがG1初制覇
そして迎えた1997年11月2日の菊花賞。
京都芝3000m。
マチカネフクキタルは3番人気で出走しました。
神戸新聞杯、京都新聞杯を連勝していたにもかかわらず、1番人気ではありませんでした。
3000mという未知の距離もあり、能力だけでは判断しづらい菊花賞らしい人気構成でした。
しかし、結果的にはマチカネフクキタルがその不安を吹き飛ばします。
開催:京都競馬場
距離:芝3000m
騎手:南井克巳
人気:3番人気
着順:1着
勝ち時計:3分07秒7
上がり3F:33秒9
長距離G1にもかかわらず、最後に記録した上がり3ハロンは33秒9。
神戸新聞杯で見せた末脚が、3000mの菊花賞でも爆発しました。
最後はダイワオーシュウを差し切り、念願のG1初制覇。
神戸新聞杯から始まった秋の快進撃を、最高の形で締めくくりました。
神戸新聞杯→京都新聞杯→菊花賞の重賞3連勝
マチカネフクキタルの競走生活で最も評価したい部分は、やはり1997年秋の3連勝でしょう。
| レース | 人気 | 着順 | 上がり |
|---|---|---|---|
| 神戸新聞杯 | 2番人気 | 1着 | 35.2秒 |
| 京都新聞杯 | 1番人気 | 1着 | 34.2秒 |
| 菊花賞 | 3番人気 | 1着 | 33.9秒 |
距離は2000m、2200m、3000mと延びています。
それでも末脚は、
35秒2 → 34秒2 → 33秒9
と強烈でした。
単純比較はできませんが、距離が延びる中でも最後まで鋭い脚を使えた点は、マチカネフクキタルの大きな武器でした。
まさに1997年秋は「フクキタル」の名前どおり、福が一気にやって来たようなシーズンでした。
菊花賞を上がり3F33秒台で勝ったマチカネフクキタル
1997年菊花賞で特に印象的なのが、最後の上がり33秒9です。
芝3000mを走った最後に33秒台の脚を使うというのは、非常にインパクトがあります。
菊花賞ではその後も、名馬たちが33秒台の末脚で勝利しています。
- 2018年 フィエールマン 33.9秒
- 2006年 ソングオブウインド 33.5秒
- 2005年 ディープインパクト 33.3秒
- 1997年 マチカネフクキタル 33.9秒
- 1996年 ダンスインザダーク 33.8秒
こうして名前を並べると、マチカネフクキタルの末脚がいかに印象的だったかが分かります。
マチカネフクキタルの血統
マチカネフクキタルの血統を見てみます。
- 父:クリスタルグリッターズ
- 母:アテナトウショウ
- 母父:トウショウボーイ
父クリスタルグリッターズはフランスのG1イスパーン賞勝ち馬。
日本ではマチカネフクキタルのほか、東京大賞典などを制したアブクマポーロなどを送り出しました。
母父は「天馬」の愛称で知られたトウショウボーイ。
日本競馬史に大きな足跡を残した名馬の血も入っています。
マチカネフクキタルの兄弟姉妹
3勝以上を挙げた主な兄弟姉妹には次の馬がいます。
- マチカネテマリウタ(4勝)父:フォーティナイナー
- ユウキエトワール(3勝)父:スティールハート
- アサクサキャノン(3勝)父:ノーザンディクテイター
マチカネフクキタルの重賞勝ち
- 1997年 菊花賞(3番人気/南井克巳騎手)
- 1997年 京都新聞杯(1番人気/南井克巳騎手)
- 1997年 神戸新聞杯(2番人気/南井克巳騎手)
重賞勝利はこの3レース。
しかもすべて1997年9月から11月までの短期間に集中しています。
神戸新聞杯で重賞初制覇。
京都新聞杯で連勝。
そして菊花賞でG1制覇。
非常に分かりやすい「秋に一気に完成した馬」でした。
マチカネフクキタルの通算成績
| 項目 | 成績 |
|---|---|
| 通算成績 | 22戦6勝 |
| 1着 | 6回 |
| 2着 | 4回 |
| 3着 | 1回 |
| G1勝利 | 1997年菊花賞 |
| 重賞勝利 | 神戸新聞杯・京都新聞杯・菊花賞 |
特筆すべきなのが1997年の成績です。
1997年は9戦6勝、2着2回。
年間を通して非常に安定した成績を残しています。
しかも最後の3戦が神戸新聞杯、京都新聞杯、菊花賞の重賞3連勝でした。
神戸新聞杯歴代勝ち馬|マチカネフクキタルまで
神戸新聞杯の歴代勝ち馬を見ると、このレースが後のG1馬を数多く輩出してきたことが分かります。
- 2025年 エリキング
- 2024年 メイショウタバル(2025年宝塚記念)
- 2023年 サトノグランツ
- 2022年 ジャスティンパレス(2023年天皇賞・春)
- 2021年 ステラヴェローチェ
- 2020年 コントレイル(クラシック三冠など)
- 2019年 サートゥルナーリア(皐月賞)
- 2018年 ワグネリアン(東京優駿)
- 2017年 レイデオロ(東京優駿、天皇賞・秋)
- 2016年 サトノダイヤモンド(菊花賞、有馬記念)
- 2015年 リアファル
- 2014年 ワンアンドオンリー(東京優駿)
- 2013年 エピファネイア(菊花賞、ジャパンC)
- 2012年 ゴールドシップ(皐月賞、菊花賞、宝塚記念など)
- 2011年 オルフェーヴル(クラシック三冠など)
- 2010年 ローズキングダム(朝日杯FS、ジャパンC)
- 2009年 イコピコ
- 2008年 ディープスカイ(NHKマイルC、東京優駿)
- 2007年 ドリームジャーニー(朝日杯FS、有馬記念など)
- 2006年 ドリームパスポート
- 2005年 ディープインパクト(クラシック三冠など)
- 2004年 キングカメハメハ(NHKマイルC、東京優駿)
- 2003年 ゼンノロブロイ(天皇賞・秋、ジャパンC、有馬記念)
- 2002年 シンボリクリスエス(天皇賞・秋、有馬記念)
- 2001年 エアエミネム
- 2000年 フサイチソニック
- 1999年 オースミブライト
- 1998年 カネトシガバナー
- 1997年 マチカネフクキタル(菊花賞)
神戸新聞杯を勝った後にG1を制した馬は決して少なくありません。
その中でも、神戸新聞杯からそのまま秋のG1菊花賞まで勝ち切ったマチカネフクキタルは、神戸新聞杯の歴史を語るうえで外せない一頭です。
最新の出走予定馬、注目馬、歴代データについてはこちらでまとめています。
スターマンとマチカネフクキタル|神戸新聞杯を勝った名馬
神戸新聞杯を振り返るなら、マチカネフクキタルの少し前に勝ったスターマンも忘れられません。
スターマンは1994年神戸新聞杯を勝利。
さらに次走の京都新聞杯では、後に三冠馬となるナリタブライアンを破っています。
スターマンは、
神戸新聞杯→京都新聞杯
と連勝。
マチカネフクキタルはその3年後、
神戸新聞杯→京都新聞杯→菊花賞
と勝ち進みました。
1990年代の神戸新聞杯を語るうえで、非常に印象深い2頭です。
▶ スターマン|神戸新聞杯を勝ちナリタブライアンを破った名馬
1997年神戸新聞杯の思い出
個人的に1997年神戸新聞杯を振り返ると、私はシルクジャスティスを本命にしていました。
しかし結果は8着。
馬券としては撃沈です。
レースではサイレンススズカが先頭へ。
直線に向いた時には、そのまま押し切るのではないかと思いました。
ところが後方から一気に伸びてきたのがマチカネフクキタル。
逃げ粘るサイレンススズカを捕まえた末脚は非常に印象的でした。
後にサイレンススズカが歴史的な逃げ馬となり、マチカネフクキタルも菊花賞馬になることを考えると、今改めて見ても豪華な一戦です。
1997年京都新聞杯の思い出
京都新聞杯ではステイゴールドを本命にしていました。
結果は7番人気4着。
またしてもマチカネフクキタルに馬券を阻まれた形になりました。
このレースではメジロブライトの動きも印象に残っています。
それでも最後に先頭でゴールしたのはマチカネフクキタル。
神戸新聞杯での勝利が一度だけの好走ではないことを証明し、菊花賞の有力候補へと浮上しました。
1997年菊花賞の思い出
そして菊花賞。
私はメジロブライトを本命にしました。
メジロブライトは2番人気で3着。
またしてもマチカネフクキタルを本命にできませんでした。
神戸新聞杯、京都新聞杯、菊花賞。
3回続けて別の馬を本命にして、そのすべてをマチカネフクキタルが勝利。
馬券を買っていた側からすると、強烈な印象が残らないはずがありません。
菊花賞では3000mを走りながら、最後は上がり33秒9。
あの末脚を見せられては脱帽でした。
なぜマチカネフクキタルは今でも記憶に残るのか
マチカネフクキタルのG1勝利は菊花賞ひとつです。
古馬になってからは1997年秋ほどの勝利を挙げることができませんでした。
それでも今なお多くの競馬ファンに名前を覚えられている理由は、1997年秋の強烈なインパクトでしょう。
神戸新聞杯でサイレンススズカを差し切る。
京都新聞杯を勝つ。
そして菊花賞まで勝つ。
わずか約1か月半の間に重賞3連勝。
しかも最後がG1です。
一頭の競走馬が急激に完成し、勢いに乗って頂点まで上り詰める。
競馬ファンが大好きなストーリーが、マチカネフクキタルの1997年秋には詰まっています。
古馬になってからのマチカネフクキタル
菊花賞を制したことで、古馬になってからも大きな期待を集めました。
しかし、1998年以降は故障などもあり、菊花賞までの勢いをそのまま維持することはできませんでした。
それでも1999年京都記念では2着。
続く産経大阪杯でも2着に入り、能力の高さを見せています。
1999年宝塚記念ではグラスワンダーなどを相手に5着。
勝利こそありませんでしたが、古馬重賞戦線でも存在感を見せました。
だからこそ、「1997年秋の状態が長く続いていたらどうなっていたのだろう」と想像したくなる馬でもあります。
マチカネフクキタルに関するよくある質問
マチカネフクキタルは何年の神戸新聞杯を勝った?
1997年の神戸新聞杯を勝っています。
南井克巳騎手が騎乗し、2番人気。勝ち時計は2分00秒0でした。
1997年神戸新聞杯の2着馬は?
サイレンススズカです。
サイレンススズカが1番人気、マチカネフクキタルが2番人気でした。
マチカネフクキタルはサイレンススズカに勝ったことがある?
あります。
1997年神戸新聞杯でマチカネフクキタルが1着、サイレンススズカが2着でした。
一方、同年春のプリンシパルステークスではサイレンススズカが1着、マチカネフクキタルが2着でした。




